SEARCH

Search Details

HATANAKA Mariko
Graduate School of Intercultural Studies / Department of Culture and Globalization
Associate Professor

Researcher basic information

■ Research Areas
  • Humanities & social sciences / Sociology

Research activity information

■ Paper
  • The Observed Society and the Observing Religion: On the Tension Between Sociological Explanation and the Observation of Society
    畠中茉莉子
    Lead, Mar. 2026, 綜合文化, (2) (2), 116 - 128, Japanese
    [Refereed][Invited]

■ Research Themes
  • Clarification of the significance of N. Luhmann's theory on "Modernization and Religion" in sociological history
    畠中 茉莉子
    Japan Society for the Promotion of Science, Grants-in-Aid for Scientific Research, Grant-in-Aid for Early-Career Scientists, Mie University, 01 Apr. 2025 - 31 Mar. 2029

  • Either sociological explain or sociological excuse? Based on a sociological theory of attribution
    梅村 麦生, 畠中 茉莉子, 池田 直樹, 若狹 優, 松野 靖子, 田村 豪
    Japan Society for the Promotion of Science, Grants-in-Aid for Scientific Research, Grant-in-Aid for Scientific Research (C), Kobe University, 01 Apr. 2023 - 31 Mar. 2026
    本研究の初年度にあたる2024年度は、研究代表者と研究分担者が本研究課題である「社会学的言い訳」批判と現代の新保守主義の潮流に関わる個別の研究テーマに取り組み、それぞれ(1)謝罪と言い訳をめぐるコミュニケーション研究、(2)デュルケムの人格崇拝論に基づく自己責任論の理論的・経験的検討、(3)アメリカの保守派の論客として活動した社会学者ピーター・バーガーの保守思想の基盤に関わる亡命者としての経験、(4)現代ドイツの宗教社会学における個人と社会の関係性をめぐる学説と特にルーマンの社会システム理論が残した影響、(5)国家主義に抗する思想としての柳田國男の祖霊信仰共同体論、(6)情報通信技術のアーキテクチャがもたらす道徳的非対称性、(7)ジンメルの社交性論について、検討をおこなった。 現時点では各研究によって、(1)「言い訳」言説の境界と「言い訳」批判の社会的機能、(2)デュルケムの人格崇拝論に見られる、彼が直面したフランス社会の政治的対立を乗り越えるという実践的なねらい、(3)渡米前からのバーガーによるアメリカの体現するリベラルな理念への憧憬、(4)独米の宗教研究における機能分化論の枠組み、(5)柳田の祖霊信仰共同体論が提示した、共同体外部の「他者」を祖霊や神を媒介として理解する可能性、(6)アーキテクチャを介して、マクロな次元のみならず日常的な場面で道徳非対称性が現出している問題、(7)現実における社交的交流の困難と社会の原型としての社交性概念の可能性について、が明らかとなった。

  • N・ルーマンによる〈近代化と宗教〉をめぐる論究の社会学説史的意義の解明
    畠中 茉莉子
    日本学術振興会, 科学研究費助成事業, 若手研究, 三重大学, 01 Apr. 2022 - 31 Mar. 2026
    研究代表者は今年度、ニクラス・ルーマンの晩年の著作を中心として、彼が社会の近代化の過程において重視する宗教運動はいかなるものであったかを確認すると同時に、ドイツ社会学において長らく定説となってきた学説との比較を試みた。 ルーマンは1980年代後半から、宗教的な現象を捉える際に「コミュニケーション」の概念を用いるようになる。この概念を使用する際に彼が強調したことは、一連のコミュニケーションは「参加者がどのような意識の状態でそのつど協力しているのかを度外視する作動」であるということである。すなわち、彼はコミュニケーションの過程そのものと、そこにおける参加者の記憶ないし思考の過程の間に、一致と不一致、双方の可能性を見ているのである。この見解はかねてより彼が重視していた、ヨーロッパの宗教における多数の宗派の分立という事態をもとにした発想であると考えられる。というのも彼は、18世紀のヨーロッパにおける概念史の展開をふまえたうえで、各信仰が「諸宗教(Religionen)」という複数形において名指されるようになったことを重く捉え、それがこの地域における宗教的コミュニケーションに「他性」という契機を持ち込むことになったと考えるからである。ルーマンはその帰結として、一方ではある程度まで一般化された理解を前提とする「公的な」教会組織を中心とする宗教的コミュニケーションが生起し、他方にはそれを前提とせず、個別に展開される「セクト」が発生すると考えた。もっとも、この二つの軸の区別は彼の場合、常に社会の機能分化との関係において捉えられるものである。この点において、M・ヴェーバー、そしてE・トレルチによって展開された、組織とセクトの対比の構図は微妙にその布置をずらされることになることが明らかとなった。

TOP