中 真生 | ![]() |
ナカ マオ | |
大学院人文学研究科 文化構造専攻 | |
教授 | |
哲学関係 |
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本研究は2019年度後期から始まったが、2019年度は、12月にネウボラの専門家である髙橋睦子教授(吉備国際大学、社会福祉学)をお招きして、第1回国内研究会・公開講座「ネウボラーフィンランドの子育て家族支援」を大阪大学にて開催し、2020年3月にフィンランド(ヘルシンキ、タンペレ)で予備調査をする計画を立て、タンペレで調査をオーガナイズし通訳をしていただく現地の方とも打ち合わせを済ませていたが、新型コロナ(Covid-19)の世界的な蔓延の影響のなかフィランド渡航は延期とせざるをえなかった。2020年度は、新型コロナが収束に向かうことを期待しつつ、8月にフィンランドでの本調査を行う予定であったが、新型コロナ第2波の影響でこれらの計画もキャンセルせざるをえず、やむなく、渡航をしなくてもできることとして、8月にネウボラの専門家である横山美江教授(大阪市立大学大学院研究科、保健学)をお招きして、第2回国内研究会・公開講座「ネウボラーフィンランドの子育て家族支援に学ぶ」をオンライン(ウェブ会議システム)にて行い、また、12月には国内の共同研究者・研究協力者による第3回国内研究会を同じくオンラインにて行い、それぞれの準備状況と今後の研究計画を確認しあったものの、年度末の2021年3月に計画していたフィンランド渡航も延期とせざるをえなくなった。本共同研究は、フィンランド現地のネウボラでの職員・利用者などの当事者にインタヴューすることに基づいた研究として計画されたため、現地渡航ができない状況のなかで、その状況が改善されるのを待ちながら、不十分ながらできる範囲のことをしてきた。
本研究の目的は、自分の知やコントロールを超えた「他なるもの」との関係が、主体のあり方をどのように形成し、また変容させるかを、身体の次元で具体的に解明するために、特に「生殖」 の観点から切り込むことである。人間を生殖するものと見る見方は、身体や性(ジェンダー)、そして他なるのものとの関係の考察を不可分なものとして要請する。また個人の経験の次元で見れば、生殖には、生む・生まないといった性差や個人差が本質的な要素として含まれる。本研究は、「生殖」を基軸とすることで、 一方の、具体的な経験を掬い取る研究と、他方の、差異や特殊性を考慮した上でなお、それらに通底する主体のあり方を浮かび上がらせる理論的研究とを、性・身体・他者の観点から統合した倫理学を構築することを目指している。 本年度はまず、当初の研究計画通り「生殖における男性の経験 」に焦点を当てたほか、生んでいない親である養親の経験を、父親の経験との連続性に注目しつつ考察し、「生殖における「間接性」――父親と養親の視点から」、「生むことから分離した「親」の形成――父親と養親の「間接性」を手がかりに」という二つの論文にまとめることができた。また、赤ちゃんポストや新生児養子縁組に関する日本の具体的な状況を考察する英語の論文を論文集に収めることができた。さらに、「生むこと」と「生まれること」の違いや、生むものとしての人間を考えることの意味などをレヴィナスやその他の思想家に沿って理論的に考察し、シンポジウムで提題した。 このような本年度の成果に限らず、本研究開始から生殖の様々な領域に関して蓄積してきた論文の考察、資料を踏まえた上で、生殖全般を俯瞰するかたちで、生殖における選択、性差、身体性、他なるものの経験 などの主題を考察し、著作、『生殖する人間の哲学――「母性」と血縁を問い直す』(8月刊行予定)にまとめることができた。
本研究は、北欧現象学者との共同研究に基づき、人間の傷つきやすさと有限性に着目して、誕生、老い、病い、死、障がい、痛み、性とジェンダーといった具体的な問題を現象学的に考察することを目指した。毎年、北欧の現象学者と共同研究を行い、北欧現象学会に2-3人の発表者を派遣し、2018年北京での世界哲学会でも二つのラウンドテーブルで研究発表・学術交流を行った。また、国内の研究会も通算10回の開催となり、それぞれの研究成果についてお互いに意見交換をすることができ、それをもとに研究成果報告書(非公開)を作成し、それにより近い将来に研究成果をまとめた書物を刊行するための交渉を出版社と始めることができた。
「苦しみ」、「身体」、「他者」、「性」を基幹のテーマとする本研究は、とくにそれらの交差する、「生殖」、「性差」、「女性的なもの」というより具体的なテーマに焦点を当て、一方で、レヴィナス思想研究においてこれらのテーマの重要性を明らかにするとともに、他方で、フェミニスト思想を参照しつつ、生殖を他なるものと性差、苦しみの観点から考察し、さらには生殖技術の現状や問題点を具体的に把握した上で、当技術の意味や影響などを哲学・倫理学的にどのようにとらえられるかについても考察した。
本研究は、「エコノミー」という事柄を、その概念史をふまえながら、倫理をめぐる原理的問題として考察し、諸々の研究領域を横断する新たな倫理学的視座を模索することを課題として、研究会等での多様な議論を通じて実施された。その結果、従来十分に明らかにされてこなかった「エコノミー」の概念史に関する包括的な視座を獲得し、その概念的実質について一定の知見を得た。また、そのような知見に依拠しながら、「エコノミー」と倫理をめぐる原理的な諸問題の所在を、いくつかの現代的事象や現代思想等に関わる個々の論点にそくして明らかにした。
「因果性と「志向性」という、生成に関する伝統的な二つの原理について、知識や認識に関わる理論的側面、行為や自由・責任につながる実践的側面、そして制度や規範・法に関わる社会的側面の、三つのアスペクトからアプローチをすることによって、説明、理解、合理化、正当化、というおよそ人間の活動であるならいかなる場面にも当てはまる普遍的な事態の構造を解明し、多様な学問領域の橋渡しを行った。
悪と苦しみという主題が、他なるものとの関係を探求するレヴィナス思想において、根本的な役割を果たしていることが明らかになった。また、他なるものとの関係という哲学的、倫理学的主題を、主体の身体、とりわけ苦しみを被る身体の観点から考察する重要性を示すことができた。さらに、苦しみや、苦しみの観点から見られた悪という主題は、文献研究に収まらない性格をもつため、倫理学において、文献研究と実践研究を必然的に結びつける主題であることが示された。
本研究は、知識や認識の実践的意義を解明し、その社会的、法的、制度的、倫理的なあり方を明らかにすることを研究目的とするものであり、またこれを通じて「自然と人為」という伝統的対比に関する哲学的再検討を行うことを意図するものであった。研究代表者と分担者のそれぞれの研究成果は下記の通りである。 松永澄夫は、知識が規範に関わる場合はどういう場合かを考察し、かつ、知識が習慣と制度の中に固定化されてゆくさまを浮き彫りにした。 天野正幸は、ギリシャ哲学における「ピュシス」並びに「ノモス」概念をめぐる研究を行い、その現代的意義を考察した。 高山守は、まずは「自然」および「生命」の概念を、ドイツ近代思想とりわけヘーゲルの『論理学』の研究ならびに、J.L.マッキーや、B.ラッセル等のイギリス現代の因果論の検討をとおして、根本的に捉え直し、それに基づいて、総じて生きるということ(行為や規範)の意味を問い返した。 一ノ瀬正樹は、確率の哲学、曖昧性、歴史認識、ベイズ的認識論、といった分野において、因果性の問題を絡ませながら、知識生成のプロセスをすぐれて実践的なあり方の中において解明してきた。 平成15年度から研究に加わった榊原哲也は、「自然と人為」の問題に対して、フッサール現象学の「自然と精神」をめぐる問題群からアプローチを試み、フッサールにおいてはこの問題群が、ディルタイや新カント派の哲学者との思想的対決の中で形成されてきたことを明らかにするとともに、「人為」としての哲学の営みの倫理性を明らかにする試みを、フッサールに即して行った。 伊藤美恵子は、カント理論哲学における「自然」と「行為」概念を取り上げ、両概念の関連と理論的基礎について考察した。 中真生は、フランス倫理学、特にレヴィナスとナベールの思想研究を通じて、「苦しみ」と「悪」の関係を明らかにすることができた。